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2005年 08月 15日
Sonny Landreth “South Of 1-10” (1995)
ルーツ音楽をゴタ混ぜにした90年代型のビックサウンド。どちらかと言えば職人的なイメージの強い彼だが、ここでは強烈にロックしてる。だから彼の盟友でもあるジョンハイアットの作品にも近い音作り、曲作りです。

引き締まった音がガンガン駆け抜けていくような感じがとてもポップで、僕のようなランドレス初心者にもとっつきやすいです。ともすれば学究的になるがちなスタイルとテーマ設定(ディープサウス、クレオール文化圏を主題においているらしい)にもかかわらず、ここまで素直にロッキンするのは本当に凄いと思います。それもこれもやはり磐石のテクニックに支えられているのだと思います。恐らくこういうギターの分野で彼を超える人はそうはいないんじゃないでしょうか?

確実なテクニックと肉体感の両立という点において、リトル・フィートとの共通点が気になります。ルーツミュージックに深い見識と愛情を持ちながらもあくまでポップにその本質を浮かび上がらせる。生半可な蓄積ではなしえない説得力に満ちていて聴いていてとても頼もしいです。これぞまさしくアメリカンロックの底力を感じさせてくれました。
ちなみに今現在は再びブルーズの世界に戻って、ストイックな創作活動を地道に続けているという彼ですが、ここで聴かれるような実にロックな作風をまた再び聴かせて欲しいですね。


c0075476_22384443.jpg実を言うと、この作品に出会ったのは大学の講義においてでした。以前の日記にも記したジェームス・M・バーダマン先生の講義です。
米国深南部における音楽文化の発展などを実に興味深く聴講できる講義で、マイフェイバリットです。人種間における音楽を初めとした文化相関関係を考えるとき、このサニー・ランドレスの作品は、モノリス的意味を持ちうるくらい含蓄に富んだ興味深いものであるかもしれません。ブルースに留まらずケイジャン、ザディコ、その他もろもろのトランスカルチャー的な音楽をないまぜにして現代的メロディーと共に表現する様は実に頼もしい。本当に芳醇な音楽だと思います。

<しばさき>
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by beatken | 2005-08-15 22:38 | review
2005年 08月 15日
Mitch Ryder & The Detroit Wheels “Detroit Breakout” (Recorded In 1960's, Compiled In 1997)
シャウトボーカル史上(そんなモノがあればの話だが)においてこの人の果たした功績はデカイ。もしこの人がいなかったらスプリングスティーンだっていなかったかも。ロイ・オービソンの美声を断念した彼はロッカーとしての生き方すら断念していたかも知れない位。

シャウトは即ち労働者の喧喧とした雄叫びであって日々のブルースからの突破口だったんだろうと思う。ことにデトロイトにおいては。この巨大なモーターシティに暮らす憂さを晴らさんと絶叫するミッチと彼のバンドが振りまいたカタルシスは明日への精力剤!ロックンロールで騒ぎまくろうぜ!っていう伝統は侮れない。ロックンロールは最高の生活歌だ!そういういう意味でパブロックとも本質を同じくすると思います。
この時期のいわゆるガレージパンクバンドや彼の歌が決して古びない理由はそういうことだろう。体が欲する熱狂を最初から内包してるから、時代が移り行こうが関係なくカッコいい。ロックの本質って何だろうって難しい問いをするより、これを聴いて自ずと腰が動いちゃう、そういう感覚が凄いと思います。

畳み掛けるように打ち鳴らされるグッドオールドロックンロールとガッツ満点のボーカル。60年代半ばのアメリカ地方都市のサウンドトラックはこれだ。この時期全米を席捲したブリティッシュ・インベイションに対し彼らは全然卑屈な態度を示していない、そんな態度は実にレアだと思うし、むしろ俺らの方が本流だぜっていうような男気が頼もしすぎます。ストーンズが何しようが俺らの眼中にはネエぞ、とでもくだを巻かれそうでコワい。c0075476_22345668.jpg
これはそんな彼らの黄金時代を捉えたコンプリートアンソロジー。物凄い物量のロックンロールがCD2枚分に満杯のお買い得コンピレーションです。簡易版のベストみたいなのは沢山出てるけれど、これにとどめを刺します。僕も買い換えてしまいました…。

とにかく、この重戦車みたいなオーセンティックロックンロールにやられてみてください。興奮します!
あ、それと書き忘れたけど、モーターシティならではのソウルナンバーも最高なんです!
モータウンなどと歩調を合わせつつ、実に本格派のソウルを聞かせてくれるブルーアイドソウルマン、それな彼です。最高のビートとボーカルで極上のソウル。これも最高の生活歌だ。

<しばさき>
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by beatken | 2005-08-15 22:35 | review
2005年 08月 15日
Lou Reed “Live” (1975)
常に思慮深く音と歌詞に対峙していく彼独特のスタイル。文学的でありまた映像的でもあるイマジネーション豊かな音世界。
しかしながらこのライブ盤からはあまりそういった要素を聞き取ることは出来ません。ウネリを上げるハードなギター、時にシャウトするボーカル、タイトなリズム隊、大胆なアレンジ、全てがロックンロールなパッションに溢れています。これはまさしくルー・リードのアナザーサイド、グラマラスで扇動的なロックンローラーとしての彼がクローズアップされています。今現在の彼に対する評価基準からはこれらの側面というのはやや見過ごされがちな気もするのですが、こういう彼の姿も本当に最高にカッコいいんです。

c0075476_2225780.jpgこのアルバム、発売は1975年ですが録音は1973年です。ということは録音当時は世を挙げてのグラムロックブームだった訳で…。前年から同年にかけて『トランスフォーマー』と『ベルリン』という凄すぎる傑作を作り上げた彼はまさにこの頃乗りに乗りまくってました。果たしてここで聴かれるようなハードなアレンジが彼の本位だったかは抜きにせよ、時代の要請と本人のパッションが融合して実に充実した演奏になっていると思います。後にアリス・クーパーのバンドで活躍する連中を擁しながらの、実にハードなロックンロール絵巻。
いきなり祭り上げられたロックスターとしての役割を臆面も無く演じてみせる彼の肝っ玉と、そこに宿る永遠のロックンローラー魂に感動しちゃいます。
恐らくルーとしては、「グラム」というものを単なる自己演出の手段として捉えてたはずだけれど、ここで聴かれるようにその成果は凄いモンです。露出的であると同時に内省的でもあるという彼特有のジレンマが、物凄いボルテージで放出されているような、そういう醒めていながらも熱い感じが凄くカッコいいです。

余談ですがこの作品、アルバムといしての評価がイマイチ高くないのはどうしてだろう?と考えてみると、やはりこのリリース時期に関わって来ている気がします。リリース時の75年といえばグラムブームもある程度沈静化されてしまい、その伝統を受け継ぎながらもよりアイドル的なグループ(クイーンとかベイ・シティ・ローラーズとか)が人気を博すようになっていたり、グラムロックムーブメントの立役者たるデヴィッド・ボウィらも新しい表現を模索し始めた時代。そういう時代にあってこのルー・リードの本格「グラムロック」アルバムが正当に受け入れられたかは謎です。
前年にも『ロックンロール・アニマル』というライブ盤がリリースされていますが、内容的にもこちらの『ライブ』の方が充実していたりと、どうも売り出し方に問題がある気がしないでもありません…。やはり当時関係が悪化していたというRCAとの付き合い上出したアルバムっていう性格が強いんでしょうね~。
まあ、そんな裏事情を抜きにしても凄いカッコいいライブアルバムであることには変わりないんで是非聴いてみてください。

<しばさき>
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by beatken | 2005-08-15 22:25 | review
2005年 08月 15日
Michael Prophet “Love Is The Early Thing” (1982)
シュガー・マイノットやフレディ・マクレガー等のように、当時ルーツとダンスホールの境に位置したような年代の人達が80年代初頭という時期にしっかりと地に足の着いた活動をしてくれていたからこそ、後のダンスホールバブル崩壊後のニュールーツ運動が実り多きものになったのだと信じます。その意味でこのマイケル・プロフェットのような地味(良い意味で)な人達の活動というのは見落とせないものだと思います。
ルーツ志向のレゲエが未だメインストリームのアップ・トゥ・デイトな機能を果たしえた最後の時代が80年代の初頭くらいだとすれば、このアルバムなどはそういう潮流を象徴するモノだろうと思います。

パンク、ニューウェーブと結合したレゲエ。
ミリタントビートに乗せるシリアスなメッセージ。
そういった方法論が持つ有効性は既に薄れつつあった時代が80年代の初頭だとしてもしかしながら同時にそれらの成熟がもたらしたものも実り多きものだったと思います。例えばルーツラディックスによるワン・ドロップリズムなど。

成熟を極めたサウンドプロダクションと確かな歌声、そういった歌謡的洗練がないがしろにされるのならちょっと悲しいですね。これ以前のレゲエがそれが世界に与えた影響を含めて考えてあまりにも鮮烈であるし、この後の打ち込みダンスホールのバブル的喧騒も物凄かった。確かに間にはさまれて地味な存在ですが、この時期の「歌謡」レゲエの良さも忘れたくはないなあ、と。そう思います。死の直前のボブ・マーリーの録音を軽く見たりする人もいますが、ちょっと待ってくれという気分です。

c0075476_0133887.jpgこれは当時中堅シンガーだったマイケル・プロフェットが歌う実に「普通のレゲエ」アルバムです。いや、この普通というのがミソでして、前述のようにこの味がイイと感じられるとたまらなくイイんですよ。「あー、今良質のレゲエを聴いてます」という感覚。気張らず、妙に構えることもなく軽い歌謡的解釈で聴けるいい歌。これがポップスだなあ、と。

露出的エキゾチズム強調したレゲエが氾濫する今だからこそじっくり聴きたいレコードだと思います。今日、レゲエの魅力のうち、こういうスルメ的な部分がないがしろにされてる気がしてならなんです。ぶっ飛んだミックスやシャレたリズムを追い求めるのもいいけど、たまにこういうレコードで和んでみるのもいいんじゃないかと…。

<しばさき>
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by beatken | 2005-08-15 00:14 | review
2005年 07月 11日
Be Bop Deluxe “Drastic Plastic” (1978)
c0075476_022858.jpgこのバンドと当時の英国ロックシーンの関係性を思い浮かべてみると'78年という時代が何やら象徴的に感じられるのです。この時代、モダンポップとニューウェーブの狭間にあったこのバンドがその役目を終えようとしていくのはどうやらある種必然的なことであったのかもしれない。しかし最後の最後になって、この凄く斬新でポップな作品を作ってしまうのだから意地というのは凄いと思います。

もともとグラムロックのセカンドジェネレーションとして、SparksとQueenとMottの折衷といったような面白い音楽性を標榜していた彼らだったが、このラストアルバムの時期になるとすっかり様変わりしましたね。様変わりといっても決して老け込んでしまったのではなく、むしろ次の時代(New Wave)にタスキを渡すかのような先進的な音楽性になっているのが面白いです。エレクトロ・ポップ・パンク?捻くれた大人は即ち子供と変わらないのかもしれない、そんなロマン。
ここでは、当時XTCなどを製作していた気鋭のプロデューサーJohn Leckieを迎えています。リーダーのBill Nelsonの負けん気の伝わってくる人選じゃないですか。「俺達決して時代遅れじゃないよ!」と。果たして実際素晴らしくアップ・トゥ・デイトな音を聴かせてくれるのだから。これをもって解散してソロ活動に移行していくことを考えると、気合の入り方も相当のものだったんだろうな。

しかし、アレンジや音作りの素晴らしさもさることながらやはり何と言っても曲の良さが目立てますね。新しいものに果敢に取り組みながらも生来のメロディーセンスを損なわないのが偉いと思うのです。やはり感性の鋭さ故か。このあと高橋ユキヒロのバンド等でも活躍するBillであるけれども、そう考えると同じように長いキャリアを積みながらも最先端を提示して見せたY.M.O.のメンバー達等とも通じ合うしたたかさみたいなものが感じられるのは面白いです。

モダン・ポップを掘り下げて行こうかな、と思うこの頃です。

<しばさき>
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by beatken | 2005-07-11 00:23 | review
2005年 07月 11日
Jack Tempchin “Jack Tempchin” (1978)
まさしく西海岸ロックの権化のような人です。ジーンズに洗いざらしのシャツ、潮風を受けながらコカ・コーラを飲み、太陽の元に遊ぶ、そんなカリフォルニアライフを体現するかのような音楽が実に魅力なのです。

あの超々名曲、Eaglesの‘Peaceful Easy Feeling’の作者でもあり、正当なるEaglesフォロワーであるFunky Kingsというバンドを率いていた人でもあります。なので彼周辺の人脈としてはGlen FlyやJ.D. Southerなどがいる訳ですが、しかし意外なことにこのファーストソロアルバムではその人脈から少し距離を設けて、あのマッスル・ショールズで録音しているのでした。なのでプロデューサーもPete Carrだったりして、面白いです。

なので純然たるカリフォルニアンロックを求める人からは何だかなあと思われちゃいそうなアルバムですが、心配無用。ちゃんと爽やかな海風を意識した期待を裏切らない内容になっていますので。また一方でマッスルショールズならではのふくよかでステディなグルーヴも全体にまぶされ、これがなんともいえないアメリカンな空気感を伝えてくれるのです。ですので、「Eagles辺りの音はサッパリし過ぎだぜ!」というような硬派な方にも満足していただけるんじゃないのかと思うのです。

そして、個人的に感動なのが、先述の名曲‘Peaceful Easy Feeling’のセルフ・カヴァーの素晴らしさ。Eaglesヴァージョンよりグッとテンポを抑えて、実に静謐な雰囲気のもと歌われます。デュエットの相手としてJennifer Warnesが付き添っているのですが、この二人の歌声ときたら最高。ウルっときますよ。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000064E7C/mixi02-22/249-1626643-5981942

<しばさき>
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by beatken | 2005-07-11 00:17 | review
2005年 06月 07日
Hank Dogs “Bareback” (1998)
フェアポート・コンヴェンション、ニック・ドレイク、これら英国フォーク界における超重要アーティストは、共にジョー・ボイドというアメリカ人によってプロデュースされ、後見されたという点で共通点があります。そして共ににその後の英国フォークの歴史を塗り替えてしまった歴史的アーティストとして音楽ファンの間で永く記憶される人たちです。

c0075476_23552887.jpgそして今回紹介するハンク・ドッグスというグループこそ、その素晴らしい見識を持つプロデューサー、ジョー・ボイドがニック・ドレイク以来約30年ぶりに手がけた英国フォークの正統を受け継ぐグループということなのです。こうなると往年のファンも色めき立つというものですが、後追いファンの僕にとってさえこの事実はとても魅力的なことなのでした。
しかし、新人グループにとって、そもそもそういった伝説の亡霊を背負いながら活動するのは不幸なことかもしれません。自分達のオリジナルな部分を聴いてほしいのはもちろんのこと、そういった伝説的要因が絡んでくることによって不用意な期待や、思い入れを聴き手が抱いてしまいかねないから。
そういうこともあって、僕も初めてこのバンドを聴くとき、前述のような情報を切り離して聴かなければなどと気張っていたのでした。

しかし、実際に聞いてみてどうでしょう。あまりの予想を上回る素晴らしさに半ば驚きを覚えてしまいました。確かに正統的に英国フォークの歴史を受け継いだ音楽性であることには間違いないのですが、それよりもむしろ耳を奪われてしまったのはそのコンテンポラリーな感覚なのでした。シンガーのピアノ(変わった名前ですね)の声、アンディのギター、それぞれが70年代には無かった極めて現代的な響きを持っているように感じるのです。現在のバンドなのだからあたりまえだろうと言えばそれまでなのですが、それにもましてこういったある程度伝統や形式的美学が重視されるジャンルでここまでの現代的なみずみずしさを表現できるというのはとても凄いことである気がします。まるでアニー・ディフランコを思わせるような歌声、手垢の付いた表現ですが、極めてオルタナティブな音響を生音で紡ぎ出すギター、演奏。どこか伝統的な雰囲気をたたえながら無二の個性を演出するその新鮮さ。いいようの無い感動を覚えてしいました。

思えば、70年代のトラッドロックの時代から、こういった(その当時における)現代的解釈でのフォークロアの再考という傾向はあった訳で、そのことを考えれば、こんな風に新世紀において再びフォークロアをポピュラー音楽として回収しようという試みもある種正統なものであるといえるのかもしれません。しかしその試みの系譜は、日々絶え間ない変化をしていくロック・ミュージックの精神性によるものであったはずであり、このようにみずみずしい音楽を作り出しえたのも、このハンクドッグスが同時にロックのスピリットを正統に受け継ぐものたちであったからかもしれませんね。そんなことを考え、フェアポート・コンヴェンションからニック・ドレイクへと続く英国フォークの系譜に思いを馳せてみた時、凄くロマンティックな気分になったりするのでした。

僕にとってハンク・ドッグスの音楽は確かに唯一のものである一方、先述のような伝承のロマンをも強烈に感じさせるものでもあります。
新しくて古い、しかし確実に新しい、そんな素敵な音楽です。

「温故知新」の言葉の意味を考えさせられました。

<しばさき>
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by beatken | 2005-06-07 23:56 | review
2005年 06月 07日
The Grease Band “The Grease Band” (1971)
英国スワンプの本流はこのバンドにあり。後にパブロック人脈なども巻き込みつつ発展する英国スワンプの水脈はこのバンドの面々のしぶとい活動によって支えられているといってよいでしょう。
特にギターのヘンリー・マッカロクは、このあとポール・マッカトニーのウィングスなどに参加しながらメインストリームをも巻き込んでイギリス中にドロ臭シンドロームを仕掛けていく裏街道的最重要人物です。(でも結局ポールと対立してすぐに脱退してしまいましたが…。ポールのことをぶん殴って辞めたらしい…。図太い奴。)
他にもギターのニール・ハバードとベースのアラン・スペナーはホワイトファンクバンド、ココモのメンバーとなる人物であるし、他のメンバーもその後事あるごとに英国B級(褒め言葉)シーンでいい仕事を納めていくんでした。
地下水脈的に流れるイギリスのシーンにはいつも彼らのようないい意味で最高の趣味人達の足跡があります。この辺がイギリスのロックを聴き進めていくにあたっての最高にスリリングでロマンティックな所であると思います。

英国スワンプの本流はこのバンドにあり。後にパブロック人脈なども巻き込みつつ発展する英国スワンプの水脈はこのバンドの面々のしぶとい活動によって支えられているといってよいでしょう。
特にギターのヘンリー・マッカロクは、このあとポール・マッカトニーのウィングスなどに参加しながらメインストリームをも巻き込んでイギリス中にドロ臭シンドロームを仕掛けていく裏街道的最重要人物です。(でも結局ポールと対立してすぐに脱退してしまいましたが…。ポールのことをぶん殴って辞めたらしい…。図太い奴。)
他にもギターのニール・ハバードとベースのアラン・スペナーはホワイトファンクバンド、ココモのメンバーとなる人物であるし、他のメンバーもその後事あるごとに英国B級(褒め言葉)シーンでいい仕事を納めていくんでした。
地下水脈的に流れるイギリスのシーンにはいつも彼らのようないい意味で最高の趣味人達の足跡があります。この辺がイギリスのロックを聴き進めていくにあたっての最高にスリリングでロマンティックな所であると思います。

さてこのアルバムですが、1971年にリリースされた彼らのファースト作です。かれらがそれまでバックバンドを請け負っていたジョー・コッカーが前年にレオン・ラッセル一派に寝返ったために(そういう英米の関わりみたいなものも最高にワクワクするわけですが…)彼らは職を失ってしまい、それならというので自分達でレコードデビューを果たすんでした。デビューといっても彼らの実力は一朝一夜のものではなく、折り紙つきのものであったため、このアルバムでの演奏は実に堂に入ったものとなっています。単純にアメリカ音楽のコピーに終わることなくほのかに湿った英国臭さを醸し出しているのがミソで、この味が解ってしまうともう病みつきのシブさがあるわけです。
異様なまでにユルイ独特の雰囲気、だらしないと言ったら語弊があるかもしれないですが、変に弛緩したぶっきらぼう加減がも堪らないんです。特にヘンリー・マッカロクのギターとボーカルc0075476_22462245.jpgときたらどうでしょう。酔っ払ってんじゃねえのかとつい疑ってみたくなるほどに(実際に酔っ払ってる可能性大ですが)演奏が放蕩としてます。ダル~なリフとフレーズをネッチネッチこねくりながらムワ~とした声で歌われるその世界からは、確実にロックの美学に裏打ちされいい意味での「テキトーさ」が感じられます。とはいっても実際にはそこまでどうにでもなれ的に適当にやってる訳じゃなくて、思いのほか確かな技術と気概に支えられてる、その感じ。その感じこそがキモなんだと感じます。そういうトコこそがこのバンドの魅力であると思うし、ホントにカッコいいんだよなあ。
そして勿論ヘンリー以外にも彼を支えるバックの連中がまた最高なわけで…。特にリズム隊の、ナメてんのかと思うくらいのヨレぶりとかがホントたまりません。ドックンドックンいいながら強烈な臭みとスワンプ臭を撒き散らし、聴き手を一気に濃い~い泥水地帯へと誘います。

こんなにも天然っぽいバンドって他にあまりいない気がしますし、同時にどっか計算しているようにも思わせる。どっちにしてもまあ、あんま驚かないというか、でもこれでこいつらがインテリの連中だったら世の中わかんねえな、と思わせるそんな雰囲気こそ評価すべきかもですね。少なくとも今の時代にこんな奴らいない気がします。その点でもすごく讃えたい。

是非この独特のテイストを味わってみてください。さてこのアルバムですが、1971年にリリースされた彼らのファースト作です。かれらがそれまでバックバンドを請け負っていたジョー・コッカーが前年にレオン・ラッセル一派に寝返ったために(そういう英米の関わりみたいなものも最高にワクワクするわけですが…)彼らは職を失ってしまい、それならというので自分達でレコードデビューを果たすんでした。デビューといっても彼らの実力は一朝一夜のものではなく、折り紙つきのものであったため、このアルバムでの演奏は実に堂に入ったものとなっています。単純にアメリカ音楽のコピーに終わることなくほのかに湿った英国臭さを醸し出しているのがミソで、この味が解ってしまうともう病みつきのシブさがあるわけです。
異様なまでにユルイ独特の雰囲気、だらしないと言ったら語弊があるかもしれないですが、変に弛緩したぶっきらぼう加減がも堪らないんです。特にヘンリー・マッカロクのギターとボーカルときたらどうでしょう。酔っ払ってんじゃねえのかとつい疑ってみたくなるほどに(実際に酔っ払ってる可能性大ですが)演奏が放蕩としてます。ダル~なリフとフレーズをネッチネッチこねくりながらムワ~とした声で歌われるその世界からは、確実にロックの美学に裏打ちされいい意味での「テキトーさ」が感じられます。とはいっても実際にはそこまでどうにでもなれ的に適当にやってる訳じゃなくて、思いのほか確かな技術と気概に支えられてる、その感じ。その感じこそがキモなんだと感じます。そういうトコこそがこのバンドの魅力であると思うし、ホントにカッコいいんだよなあ。
そして勿論ヘンリー以外にも彼を支えるバックの連中がまた最高なわけで…。特にリズム隊の、ナメてんのかと思うくらいのヨレぶりとかがホントたまりません。ドックンドックンいいながら強烈な臭みとスワンプ臭を撒き散らし、聴き手を一気に濃い~い泥水地帯へと誘います。

こんなにも天然っぽいバンドって他にあまりいない気がしますし、同時にどっか計算しているようにも思わせる。どっちにしてもまあ、あんま驚かないというか、でもこれでこいつらがインテリの連中だったら世の中わかんねえな、と思わせるそんな雰囲気こそ評価すべきかもですね。少なくとも今の時代にこんな奴らいない気がします。その点でもすごく讃えたい。

是非この独特のテイストを味わってみてください。

<しばさき>
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by beatken | 2005-06-07 22:47 | review
2005年 06月 06日
Merle Haggard & the Strangers “I'm a Lonesome Fugitive” (1967)
というわけで前回に引き続いて今度はバック・オウエンズに次ぐベイカーズフィールドサウンドの大スター、マール・ハガードの作品をレビューしてみたいと思います。

何を隠そうこの人こそがあのグラム・パーソンズが最も憧れた人なんですね。マール・ハガードというと一般的には反ヒッピー歌である「オーキー・フロム・マスコギー」という曲をヒットさせたスクエアなオジンというイメージがあるかもしれません。しかし実のところ、この人自身元々からして生粋のアウトローであり、ただ単純に「国を愛する良識ある大人」としての立場から先の歌を歌った訳では決して無いと思います。彼の内には、深い孤独や反骨の精神や放浪の精神が染み付いていたはずであり、先の曲はそういう男からの、浮き足立った当時の開放思想への皮肉であり、そういったヒッピー文化の持つ危うさへの警鐘ではなかったかと今にして感じられるわけです。(実際に歴史はその後ルーツと内省を経過していく訳だが…)そして、グラム・パーソンズや一部の思慮深いミュージシャン達はそういったことを理解していたからこそ彼を信望したんだと思います。

c0075476_2541444.jpgこの作品は、彼と彼のバンド、ストレンジャーズ(泣かせるバンド名…)が最も脂に乗り切っていた時期(1967年)の作品であり、奇しくも前回のバック・オウエンスの作品とほぼ同時期なんです。それだけこの時期のベイカーズサウンドの充実ぶりが素晴らしいということですね。
軽快なロッキンビートに乗って小気味よい演奏が繰り広げられるという点ではバックと変わらないのですが、何といっても彼の特長的な面といったらその哀愁を含んだスタイル、特にボーカルだと思います。バックの場合はバラードを歌っていてもどこか明るく、あまり後ろ向きな感覚というものを受けないのですが、ハガードの場合はどこか寂しげな、それでいて無骨な不良っぽさに溢れている気がするのです。やはりこのことは彼の人生観が波乱に富んだならず者としての美学に貫かれているからなのでしょうか。有名な話として、巨人ジョニー・キャッシュのサンクエンティン刑務所でのライブ盤に、「聴衆として」参加しているという逸話があります…。民衆歌としての、はぐれ者の音楽としてのカントリーミュージックというものを最も体現しているのがキャッシュとハガードであるかもしれません。
そしてそういった部分にこそグラムが心酔した要素があるのかもしれませんね。余談になるんですが、現在マール・ハガードはあのエピタフ・レコード(!)傘下のレーベルに所属し活動しています。アウトローな精神性が今も活き活きとして受け入れられ、「オルタナカントリー」として認識されているという事実を知るにつけ、何か熱いものを感じてしまうのでした。


追記になるのですが…。
このレビューを書くためにアマゾンのページを見ていたらビックリしてしまいました。異様に安いんですね!新品CD。700円とかそれくらいでこの時期の名作群が買えてしまうみたいです。これは嬉しいなあ。興味ある方は是非気楽な感じで注文してみてはいかがでしょうか?

<しばさき>
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by beatken | 2005-06-06 02:54 | review
2005年 06月 06日
Buck Owens And His Backaroos “Roll Out The Red Carpet” (1966)
ナッシュヴィルのカントリーが極度にポピュラー化しつつあったとき、西海岸ではそれに反旗を翻すような形で実に興味深いシーンがありました。古くはマドックス・ブラザーズ等に代表されるシーンで、南部産のものには無いどこかカラっとしたサウンドが特徴的な俗に言う「ベイカーズ・フィールド・サウンド」というやつです。
そして実はこれこそカントリーロック誕生の直接的な起爆剤になっているんですよね。特にここに紹介するバック・オウエンズや、マール・ハガードなどのスターの60年代録音における感覚は、グラム・パーソンズ参加期におけるバーズのサウンドの持つそれと本当に近しいものを感じます。
ロッキンで軽快なカントリーという意味では同時期のテキサスのシーンなどがありますが、ベイカーズフィールドの場合、それをもっとソリッドに、もっと言えばロックに展開しています。このあたりの傾向が、ポストサイケデリックの時代に新しい音楽を思索していた若きグラム・パーソンズやクリス・ヒルマン等の進んだミュージシャンにアピールした部分なんじゃないでしょうか。
極めて軽快なリズムの上で二本のテレキャスターが小気味よく疾走し、そこにスティールギター絶妙に絡んでくる…。まさにあのバーズが名作『ロデオの恋人』の上で展開していたサウンドの原型がここにあると思います。最終的にこのバック・オウエンスのスタイルをより8ビート化していったのが後のカントリーロックの偉人達である訳で、やはりカントリーロックという音楽は何もポッと出で発生したムーヴメントではないということがわかります。
また面白いことに、そうした経緯で生まれたカントリー・ロックが最終的にはナッシュヴィルのシーンに影響を与え、例えばエリアコード615などの極めて先鋭的なミュージシャンの一派が浮上してきたりと、一筋縄ではいかないアメリカポピュラー音楽の絵巻図のようなものに感じ入ってしまったりします。


c0075476_2503959.jpgさてこのアルバムはバック・オウエンスと彼のバンド、バッカルーズが最も脂に乗っていた60年代半ばに発表されたものです。彼のような人の場合、駄作いったものはあまり無く、初めて聞くべきアルバムがこれでなくてはいけないといったようなこともありません。(ただし、稀にあるクリスマスソング集やスタンダード集といったものは初めての場合避けられたいですが。)しかし、前述の通り、このアルバムが発表された1966年頃というのは彼らの全盛期でもありますし、そして何よりカントリーロック成立の歴史を見た上でこの時期のアルバムというのはとても興味深いものだと思うんです。グラム・パーソンズなどは恐らくこの辺りのアルバムを通してカントリーロックへのモチベーションを高めていったはずですし、彼らが青春期に聞いていたであろうレコードはこういったものだったんだろうな、などと想像しながら聴くのもまた一興でないかなと思います…。

でももちろんそういったカントリーロックとの絡みにおいてのみ楽しむというよりはむしろこの時期のベイカーズ・フィールドサウンド独特の旨み、カッコよさを味わってみるというのが正統でしょうね。このゾクゾクするほどのアンサンブル、軽妙さ、フレッシュな演奏、どこをとってもカッコいい!


ちなみに僕の持っているのはLPでしかも恐らくオリジナル盤なんですよね。そしてその音のいいこと!これがアメリカの音なのかしら、なんて勝手に思っています。
でも現在入手できるCDはここらへんのことを本当によくわかってる優良レーベルのサンデイズドレーベル(いつもお世話になってます)がリイシューしたものなのでかなり雰囲気のある音になっていそうですね!普段はガレージパンクなどのリイシューをなりわいとしているサンデイズドレーベルからこうした作品がリイシュー(しかもバック・オウエンスに関してはもの凄いカタログ量!)されていること自体に深い感慨を禁じえません。


長々と書いてしまいましたが、このバック・オウエンス、カントリーロック好きなんだけどそれ以前のカントリーも聴いてみようかしら、という方には本当におススメですよ!是非。

<しばさき>
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by beatken | 2005-06-06 02:51 | review